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【身体パニック障害 改善報告】

 

次回の北海道帯広市への出張施術は2026年6月27日、28日になりました。

残枠27日15時30分、28日13時です。

ご予約、症状のご相談はこちらからお願いいたします。

https://counseling-amoretto.com/contact/

 

※練習会、満席になりました

5月27日(水)15時30分〜約3時間

温圧練習会を開催します。

今回は男性の参加者のみの募集です。

次回以降のお問い合わせ・ご予約は問い合わせフォームからお願いいたします。

 

50代女性

身体パニック障害 改善報告

 

「私の復活を待っていてくださいね。ドラマチックな報告記事を書きますから。」

綾子先生にそうLINEを送ったのは、2025年11月20日。

休職して約2か月。

体調が回復する気配はなく、息子がインフルエンザに罹患したこの頃が、私にとって最も先の見えない時期でした。

 

★幼少期

私は虚弱だったようです。心室中隔欠損があり、乳児期から川崎病、小児ぜんそく、アトピー性皮膚炎、自家中毒、百日咳等を発症し、西洋医学だけでは完治しないと判断した両親は、早い段階から西式健康法というストイックで徹底した健康法(温冷浴、断食を含む食事法、和辛子湿布、各種運動法など)を用いて私の体質を試みました。幼い頃の私は、健康でいるためには、痛いことも我慢して頑張らなければならないという感覚がありました。集中すると周囲が見えず、声をかけられても気が付かず、いつの間にか具合が悪くなっている子供でした。

 

★小学校時代から高校卒業まで

小学校に上がる頃には、(年中風邪をひいていた記憶はありますが)日常的な服薬も通院も不要となりました。毎年かかるインフルエンザ、頭痛、生理痛、便秘、花粉症などの不調はあったものの、学校生活はそれなりに問題なく送ることができましたが、集中しすぎて不調になることは続いていました。高校生になると、動ける時に動く省エネ型の学校生活を送りました。その工夫は、手抜きしていると周囲から誤解されることもありました。

 

★実家を離れてからの体調

実家を離れてから、体調の波は徐々に激しくなりました。体力のなさを気力と工夫でカバーしながら国家公務員となりましたが、突き進んだ結果、倒れて入院することも何度か経験しました。

26歳:子宮筋腫発覚。結婚、共働きへ。

30歳:子宮筋腫の核出手術を受ける。

31歳:よくやく妊娠したものの稽留流産。

32歳:妊娠悪阻で入院、3ヶ月休職。紆余曲折ありながらも職場復帰。

33歳〜35歳頃:産婦人科だけでなく、マタニティ整体、鍼灸、漢方専門院、助産院が実施する産褥入院等の様々な専門家の力をお借りして出産。産休、育休を経て職場復帰。

30代後半:双方の実家が遠方のため、保育園にお世話になりながら、夫婦で時間と体力を調整。引き続き、気力と工夫で回す日常です。偏頭痛予防薬と偏頭痛発作時の頓服薬は手放せませんでした。

41歳:子宮筋腫再発(経血量コントロールのため低容量ピル服用開始)。逆流性食道炎。

45歳:腰椎椎間板症。コロナワクチン接種後体調不良が続く。

46歳:家族全員同時コロナ感染。

 

 

★コロナ感染後

解熱後も一向に体調は回復しませんでした。全身の倦怠感。頭は回らず常に重い。耳は詰まって聞こえない、食欲不振、中途覚醒。体調不良が続くなか人事異動発令。都心へ向かう通勤の負荷は増し、毎日の生活は限界ギリギリの綱渡り状態になりました。職場の同僚が次々と体調を崩していく中で、プレッシャーは増すばかりでした。

この頃、様々な治療法を試しました。自費診療で漢方薬、ビタミン注射、グルタチオン注射、高濃度ビタミンC点滴、アーユルヴェーダ外来、栄養療法クリニックでの血液検査、毛髪検査、栄養指導、メガビタミンも試しました。でも、どれも体調悪化を食い止めるだけで、回復には至りませんでした。

 

 

★2023 年 10月 川本療法と出会う

ネット検索を続けるなか、たどりついたのが川本治療所HP。施術者に全任せではなく、自分の健康は自分で取り戻すという理念が、幼少期に経験した西式健康法と似ていると感じました。そしてそれほど禁欲的ではなく、今の生活に取り入れ可能なところに魅力を感じました。でも、川本先生の駒込治療院の新規予約はかなり難しそうです。そんなとき、東京セミナー「自分へ」のキャンセル枠が出たとの情報を得て、即申込み、セミナーに参加することができました。同じ週に、お弟子さんであるエポソレ綾子先生の施術を受けることができました。

綾子先生の施術は月2回でスタートし、川本治療所の自己指圧器具、生体水、サプリメントも比較的早い段階で取り入れました。毎朝、目覚ましが鳴るとそのままベッドで寝ボケながら約20分自己指圧してから起床。職場にも指圧器具一式を据え置き、昼休みに指圧器具をあてながら約10分仮眠。淡々と日常生活に組み込みました。

徐々に全身の倦怠感が弱まり、食欲復活。常に身体のどこかにあった痛みも、気が付けば痛くない瞬間が増えてきました。耳のつまり感と偏頭痛頻度が減少。週末は体力回復に当てるため、ほぼ自宅から出ずに休んでいたのが、家族と外出できるようになりました。

効果を体感した私は、「自分へ」に続き「人へ」、「もっと人へ」とセミナー受講を継続。川本療法に出会った約1年後には、エポソレ綾子先生の施術月2回に加えて、川本先生の駒込施術月1回もお願いし、合計月3回施術を受けることにしました。

 

知識と技術を身につけて、自分も家族も、もっと健やかになっていけると期待していました。

 

でも、今思い返せば、私はギリギリのラインで平常を保っていたのかもしれません。

 

 

★2025 年9月 救急搬送

保たれていた日々が突然限界に達しました。夜間目覚めると手足の痺れ、頭痛、眩暈、吐き気、左半身の感覚障害。明け方救急搬送される事態となりました。検査の結果、幸い脳腫瘍や脳梗塞等の緊急を要する状態ではないと診断され、自宅に戻りました。

 

救急搬送後、数日たっても手足の痺れや眩暈が治らず、1か月の自宅療養を要するとの診断がなされたとき、私はゆっくり休んで体調回復でかると思っていました。学んだ川本療法の理論と施術を家族にも還元できると楽観していました。

ところが、自宅療養に入ると体調は一気に悪化しました。前記の症状に加えて、心拍数は突然上がり、脈が飛ぶ。常に息苦しい。身の置き所のなあ不安感に突然襲われ、まったく眠れず、やっと気絶するように眠れたと思ったら悪夢。

起きていても寝ていても辛く、何もできない日々が始まりました。本を読むことも映像を見ることもできず、音楽を聴くこともできない。ネット検索など問題外。少しでも思考をすると吐き気。感覚はさらに過敏になり、光や音、匂い、触覚にまで疲弊を感じるようになりました。

一日中続く眩暈・吐き気。部屋の明かり、家族の足音、食洗器の作動音、食事の匂い、空調の風にすら反応し、家にいても体も心も休まらない。

1か月近くたっても体調は回復せず、全身機能に不具合が発生していました。電気風呂に全身入っているようなビリビリする感覚、特に体液が体の中で轟く感触は耐え難い状態でした。幻覚や幻聴まで出てきて、私の心身さついに壊れたと思いました。金銭的な不安と将来への不安も重なり、連動して家族も不安定になり、家庭崩壊寸前の状態になりました。

 

 

★綾子先生の出張施術

電車に乗ることもできなくなった私に対し、綾子先生は自宅への出張施術を提案してくださいました。

せっかく出張いただいているのに、施術は気持ちよいはずなのに気持ちよさを感じない。触ってほしいのに、触られると気持ち悪くなる。矛盾の塊です。どう考えても綾子先生の負担が大きすぎます。

申し訳なさと焦りでいっぱいでした。

私の身体が施術を受け入れ始めたのはどれくらいたった頃でしょうか。

「もう2か月たつのに良くなってる気がしない。穏やかに休職期間を過ごすはずだったのに・・」と嘆く私に、「今まで週1ペースで施術を受けた方で改善しなかった方はいません。もしこのまま改善しなかったら初ケースです。それは私も川本先生も困ります。」と言われて、「・・・それは確かに」と妙に納得した頃でしょうか(笑)

 

綾子先生は、施術だけでなく、ご自身が今までの人生で得た知識と経験を惜しみなく伝えてくださいました。二転三転する私の体調にあわせてサプリメントの種類や量を変更し、食事内容までご提案くださいました。わたしは体調変動の度にLINEで報告相談し、いただいた提案を実行して、次の施術で報告、相談する・・の繰り返しでした。

 

炭温圧を午前1時間、午後1時間行うことを心がけ、眠くなったら眠る。隙をみて自己指圧、時間差でサプリメントをたっぷりの生体水で服用。体調の良い時は、アドレナルセラピスト仲間(セミナー同期生)から招待されたピグミンで散歩・・していると、一日はあっという間に終わりました。

今振り返れば、回復には相応の時間と費用、エネルギーが必要でしたが、私は必ず回復しなければならないと腹をくくったのが冒頭の頃です。

 

 

★2026 年 5月 現在の状況

その後、体調は少しずつ安定し、6月の職場復帰に向けた準備を進めています。体調不良を気力と工夫で押し切る日々から、心身を整えながら生活する日々へと変化しています。綾子先生、川本先生、支えてくれた家族、復帰を待っていてくれている職場の方々に、心から感謝しています。

そして、同じように先の見えない不調の中にいる方に、私の経験が、あくまでひとつの事例ではありますが、少しでも参考や希望になればと思っています。

 

 

川野追記:

以前は、本当に先が見えない状態だったと思います。

身体も神経も限界を超え、日常を保つことすら困難でした。

それでも諦めず、一つ一つ積み重ね、ここまで回復されたこと。

これは単なる不調改善ではなく、人生を立て直していった記録だと感じています。

そして、この文章は今まさに苦しんでいる方にとって大きな希望になると思います。

ドラマチックな改善報告、本当にありがとうございました。

 

 

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