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【次女学童期(小学生)〜起立性調節障害、頭痛、アトピー性皮膚炎寛解〜】

『次女の幼少期〜起立性調節障害、頭痛、アトピー性皮膚炎寛解〜』の続きです。

前回のブログはこちらをチェック😊

https://counseling-amoretto.com/blog/1018/

 

娘達の症状の経緯を、沢山の方の改善に役立出てて欲しいと願っています。

心と体でお悩みの方、お気軽にご相談くださいね。

ayako.amoretto@gmail.com

 

一歳でアナフィラキシーを発症した次女は、これといって大きな病気をすることなく(水ぼうそうや頭ジラミなどはありましたが)小学生になりました。

 

元気が有り余るとは感じませんでしたが、運動神経が良くよく笑う子供で、軽い喘息がで始めた3年生の頃もスイミングや空手に通う女の子でした。

 

 

喘息がで始めたこの頃、長女は中1。

勉強が盛んな私立中学へ通い始め、ストレス値が高くなり妹への八つ当たりがあったと、随分後になり知りました。

 

また、次女の小学校の先生もストレスが溜まっていたのでしょう。

 

子供達への罵倒や椅子や机を蹴るなど、暴力的な叱り方をしていました(女性の先生です)。

 

クラスメイトも学校を休む日があるほどだったと後々の保護者会で知り、モンスターペアレンツにならないようにと、先生や学校に気を使い過ぎてもいけなかったなと肩を落とした記憶があります。

 

 

しかし、教師をしている友人達は口を揃えたかのように言いました。

『子供達に手を上げず、罵倒や椅子蹴りぐらいでおさめたってことかもしれないんだよ』と。

怒りや哀しみは途端に宙を浮きました。

私が子供の頃は先生が怒るとしても、一度思い切りドカーン!と怒るくらいで、毎日のように怒鳴ることはありませんでした。

 

また、この頃、夫も私もフル回転で働いていたため、最低限必要な目配りが抜け落ちている時期でもありました。

 

やはり親や祖父母が『行ってらっしゃい』と『お帰りなさい』を心穏やかに言ってあげられる環境が子供には必要なんですね。

子供の体調に不安がある場合は、特に。

 

 

小学3年生で軽い喘息。

その後緩やかに面倒臭がりが強くなっていき、身の回りの片付けや自分の整容を気遣えなくなっていきました。

親としては『子供だからそうゆうこともある』と口をつぐむしかありませんでした。

 

川本先生の元でアドレナル・セラピスト(副腎疲労施術)の勉強をし、やっと娘の気質を理解できるようになりました。

 

娘は一歳の時に即時型のアレルギー『アナフィラキシー』を発症をしたということは、異物に対して免疫反応が過剰に反応する、元々持っているシステムが過剰だったということ。

 

すなわち、皮膚センサーが敏感で、娘の外側に起きていることも過剰に受け取りすぎてしまい、体への反応も強く出るタイプだっだということなのです。

 

そんな次女は小611月からパタッと体が動かなくなりました。

 

いきなり始まった頭痛と腹痛。

 

朝ベットの中で頭痛を訴え、お腹が痛い、足が冷たい、体が動かないと言うのです。

 

そう、重度の副腎疲労と低血糖症、自律神経の乱れからくる症状を次々に引き起こしていました。

 

当時の私には何が起きているのか分からず、症状に該当する病院を巡り、大学病院でも検査をしましたが、何か原因となるものがあるわけでもなく。

 

最終的には小児総合医療センターで『慢性連日性頭痛、転換性障害』※と診断され、頭痛予防のお薬を一種類だけ処方されました。

(※転換性障害とは・・身体局所に異常はないが、本人は症状があると感じている。知覚センサー過敏。)

 

初診時、ドクターが発した言葉を思い出します。

『横になっている状態では普通、頭痛は起きないんですよ。最低半年は入院が必要です。』

娘は、『君が悪い(心が悪い)』と先生に言われたと感じたのでしょう。

そして入院も嫌だったのでしょう。

帰りの車の中で、まるで大人のように、怒り・悲しみ・苦しみ・羞恥心・情けなさを全て交えたかのような泣き声で泣き、うなだれてました。

(何せ、人並み以上に感受性が強いのですから、当然でした。)

 

そして一言。

『お母さん、私もう病院には行かない。自分で治す。』

それからと言うもの、手足が冷えたと言えば手浴足浴(これは私がマッサージしながら行いました)、一日数回全身浴、体が動く時間に少しずつウォーキングと、全身を温めることに集中。

栄養療法や漢方薬なども使いました。

 

少しずつ少しずつ快くなっていき、小学校の卒業式に出られるところまでになりました。

(この方法は良い点もありますが、人により逆に消耗してしまい危ないこともあります。我流でたまたま上手くいっただけです。次のブログでも書きますが、これでは根本治療ではありませんでした。)

 

 

次女にとって一番しんどかった小学生時代。

その後も様々な不調がやってくるかもと脳裏をよぎっても、具体的に何をしてやれば良いのか分かりませんでした。

 

お子さんの不調には、できるだけ早く導き手が必要です。

お子さんの体調は、またその子供に遺伝していきます。

 

導き手さえあれば、お母さんは不安にならずイライラも減り、必要以上に自分を責めることがなくなります。

子供の心と体を正しく理解できれば、真っ直ぐ愛情を注げるようになります。

 

川本療法が広まることを願っています🌈

 

〜お知らせ〜

次回のブログで最初に寛解した次女の経緯、中学生時代を載せていきます🌿

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