
【究極の質問】
今回の出張中、同行していた長女が話していたこと。
『なぜ私は他の人と同じ程度の無茶をしただけで、ここまで酷い状態になったのか?』
これまでにも何度も同じ疑問を口にしていましたが、私が学んできたことと娘が受け継いだであろう遺伝や環境による影響を加味した、私なりの答えを伝えられずにいました。
要因は一つではないのです。
赤ちゃんの時から敏感さがあり、物音や光への反応が強かったこと。
小さな頃から目が悪かったため、外に出るたびに転んでいました。絵本が好きだったということもあり、自然と自宅で絵本を読み聞かせることが多くなった、しかも大好きだったので1日に10冊でも20冊でも読み聞かせをしていたこと。
敏感さがあるがゆえに、食感や味、匂いへのこだわりが強くなり、どう工夫しても偏食になりがちだったこと。
敏感さは無意識に作動してしまうため、人の表情や声色、言葉にも傷つくという繊細な部分も含まれます。
その敏感さは個性と見ていましたが、繊細さがある分ドキッとする回数が増え疲労も大きくなっていました。
私は元公務員、夫は現公務員、〇〇べき論が強めであり、関わり方が真逆でした。(全ての公務員がということではありません。)
ここまでのことだけでも十分不調になりうるのですが、個性の強い遺伝もあり、入れなくて良い病のスイッチまで入れてしまったと推測しています。
個性の強い遺伝とは、アレルギー、乾燥肌、ミトコンドリア機能の弱さ(母家系は皆弱かったであろうと考えています)、思考力の強さ、辛いけれど頑張れるというホルモンの強さもあります。
猪突猛進型なのです。
この生き方は娘に大きな影響を与えるものでした。
娘に限らず体調が回復してくると、何故いまの体調になったのか?という疑問から、憤りを感じることは通常誰でもあることです。
精一杯生きてきた先代方の生き方を責めず、体治しの時間を自分にとって必要な時間であったと受容する。
様々な要因があったとしても、自分の体を管理するのは他の誰でもない自分であるという認識をする。
大人であってもこの受け入れは時間を要することが多いのではないかと思います。
しかし、この関門を抜けると、
自分にとって一番望んでいた時間が流れます。
心だけではなく
体だけでなく
栄養だけでなく
生き方まで満遍なく底が上がるようにする
15年かけて辿り着いた答えはとても地味なものでした。
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